羆の王国、三毛別を回る

史上最悪と言われる羆事件とされる三毛別羆害事件は、大正4年12月に苫前村で起きました。死亡者7名を出したこの事件は、吉村昭の小説にもなりました。今回は新装なった道の駅「小平ニシン番屋」を起点に、大平、達布、古丹別と周回するルートを走ってみました。

日本海の竜巻
日本海の竜巻

前日は近辺のキャンプ場で夜を明かす計画でした。小平のキャンプ場を目指したのですが、どうも様子が変。道は空いているのですが車が一台も下りてこない。上るのもいない。はて、と登り切るとゲートが閉まっていて、8月一杯で閉鎖とのこと。随分と早い閉園です。まだ9月ですから十分キャンプはできるはずなのですが。がっかりして留萌まで戻り、定宿の黄金岬にテントを張りました。真夏なら学生のキャンパーのテントが並ぶのですが、昨今は中高年の一人旅が多いらしい。皆さん車で寝泊まりです。テントは私一人。同じ中高年のよしみで話しなどして、セイコーマートの100円お惣菜で一杯やってシュラフにくるまりました。
夜中に雨が降ったようでした。翌日は水平線に竜巻が何本も立っています。珍しい光景に皆さんカメラを向けていました。この様子だと今日の天気は不安定か。不安になります。テントをたてみ、昨日たどった道をもう一度小平まで戻ると案の定土砂降りの雨となりました。小平市街のコンビニで暫く雨宿りしていると段々と小降りに。ママよ、と店を出て小平ニシン番屋に車を停めて自転車を組みました。プラティパスのウオーターバッグに水を入れ忘れたことに気付き、お掃除の叔母さんにトイレの水は飲めるのかと尋ねると、「飲めるよ」とのお返事。信じてこれを詰めました。

ニシン番屋からはオロロンラインを戻ります。鬼鹿の海岸です。左には天売、焼尻の両島が遥かに望めます。先ほどの雨が水たまりを作る中を小平蕊川までもどり、川に沿って左折します。道々126号です。交通量は一気に減少。殆ど車は通らない道。路面も荒れていません。段々と水たまりも乾いてきて快適に距離を稼いでいきます。
民家は所々あるのですが、商店や自販機は一切ありません。水が補給できる様な公園も見当たりません。ひたすら畑の拡がる中を走ります。川沿いはそれなりに開けているので、問題の羆の気配はあまり感じません。

さてようやく集落らしきものが見えてきてT字路になります。達布の集落です。ここにはガソリンスタンドが一軒あり、また商店も一軒あって自販機が一台。ここを越えると当分補給はできません。また携帯も圏外になりますから身内に連絡を入れましょう。いよいよ羆の核心部に突入です。

登り道に掛かります。小平ダムへの登りです。ダム湖は静かで眺めが良いです。特にダム湖を横切る長い橋の上から望む景色は一見の価値あり。橋を渡った所に駐車公園があって休めますが、東屋以外の施設はありません。
道々126号は幌加内へつなぐハズだったのですが、現在は途中で行き止まりです。道は左折して道々742号に入り、いよいよ霧平峠です。羆の気配が段々と感じられる様になってきます。爆竹一発目が谷にこだまします。
兎も角交通量が少ない。民家もほとんどないのです。携帯はずっと圏外。パンクしても故障しても助けは呼べません。ひたすら孤独な旅が続きます。
霧平峠はお決まりのトンネルで通過。下ると霧立峠から来る国道239号の霧立国道に入ります。

この霧立国道というのも交通量は非常に少ないです。従って相当に快適な道です。ただこの日は時間が経つにつれて海からの風が強くなり、下り基調の道なのにあまり速度を稼ぐことができませんでした。古丹別川上流部は民家も殆どなく、やはり羆の気配は感じられる所です。爆竹も何発目かが快音を上げて炸裂します。

古丹別は、このルート唯一のまともな市街地です。商店や食堂もあります。三毛別羆害事件のあった場所はここの十字路を左折して山奥に入った所らしいのですが、本日は目的ではないので直進です。苫前町の町標である可愛い羆の親子の図柄が出迎えてくれます。
古丹別市街から海岸までの数キロが、今回は一番長く感じられました。段々と日本海の風が強くなり、海岸の風車郡が元気に回っています。
左折してオロロンラインに戻ってきました。後は小平ニシン番屋に戻るだけです。風が横風に変わりました。速度が上がります。車の量は当然ながらぐっと増えますが、そこは北海道の田舎道、快適なレベル以上に混むことはないです。やがて道の駅の標識が見えてきてゴールが近いことを教えてくれるでしょう。
小平ニシン番屋は軽食もとれてお土産も豊富ですよ。